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九州で発生した大規模な地震について

熊本県を中心とした九州地方で大規模な地震が発生し、大きな被害がでています。中でも南阿蘇村にある東海大学農学部の被害は甚大で、学生寮6棟が全壊しました。私は、このキャンバスの出身で懐かしい場所の無残な映像は見るに堪えない状況です。今までテレビで多くの地震映像を見てきましたが、これほどショックを受けたのははじめてです。  

東海大学農学部は、阿蘇山の西側に位置する自然豊かなキャンパスです。住民の半分近くが東海大の学生という特殊な環境でもあり、学生たちは下宿やアパートなどに分かれて生活しています。私は学生時代を下宿で過ごしました。40名程度の下宿で部屋は四畳半の個室、風呂、トイレ、食堂は共同でおばちゃんの作ってくれたご飯を一緒に食べるというシステムでした。  

四年間を一つ屋根の下で暮らした仲間は今でもとても大切な友人であり、最高に楽しい時間でした。今年の2月にも熊本で下宿の後輩2人と会うことができ、学生時代に戻ったように楽しい時間を過ごすことができました。  

そんな大切な場所が一瞬にして崩れ去ってしまう。自然の恐さを再認識するとともに、後輩たちのこれからが心配です。周りになにも無い特殊な環境の中、学生たちは朝から晩まで共に過ごすことで家族のような絆が生まれてきます。目の前で仲間を失った学生たちのショックがどのようなものかと考えるといたたまれない気持ちです。  

大きな被害を受け、周辺の交通網の復旧にも時間がかかることが想定される中、学校が今後復旧して元のような学生生活が送れるのかという心配もあります。 大学の前にある阿蘇大橋は、橋から大きな滝と渓谷を眺めることのできる美しい橋であるとともに、急峻な地形に囲まれた地域の交通の大動脈でもありました。  

この橋が無くなってしまうと、ここから先の地区に行くには大きく迂回するしか無く、大学は完全に孤立状態となってしまいます。阿蘇大橋は地上からの高さが100m近くもある橋で、その復旧は容易なことではないと思います。  

後輩たちは大きな悲しみとともに、これから様々な困難をしょっていくことになると思います。東日本大震災の復旧も進まない中、大学周辺部の復旧は容易なことではないのかも知れません。  

当たり前のことがあたり前で無くなった後輩たち、一日でも早くもとの普通の生活に戻り、この困難を乗り越え大きく羽ばたいていくことを願います。

どうなる日本の将来

選択の時期がきている今


私は、国などの公共事業に関連した仕事を行っています。  

現在国の予算は、半分以上が保険や年金といった社会保障費と国債の償還が占めています。この割合は年々増加し続け、近い将来社会保障費と国債の償還、更に昭和40年代に建設されたコンクリート構造物や水道管といったインフラの補修で国家予算の大半が無くなり、現在私が行っているような環境アセスメント調査の対象となるような大規模開発はほとんど無くなるのではないかと考えています。  

常に、このような試算は行われているのですが、国家予算は年々膨張しています。いつ爆発するのか、私はある程度年をとってしまったので爆発してもそれほど大きな問題ではないのかもしれません。でも、私の子供たちの世代はどうなってしまうのか、とても心配ですし確実に迫っている危機に対してどう対処していけばいいのか真剣に議論しなくてはならない時期となっています。   

先進国の中で、モミの木の故郷でもあるドイツだけが財政赤字を抱えていないと言われています。ドイツの人々は常に環境や自然と向き合い身の丈にあった生活をしているように私には見えます。  

私たち日本人も、選択の時期がきているのではないかと思います。常に無理な発展を続けるだけが選択肢ではないと思います。原点に返って、無理のない生活を送ることも一つの選択肢ではないかと思います。  

原発が稼働しなくても私たちはなんとか生活できています。少し後退したとしても私たち日本人には昔から培われた知恵と文化があります。日本人は古来より、自然と一帯となった生活を送ってきました。  

そして、そのような生活を楽しみ豊かな暮らしを送ってきた文化があります。今私たちは、住宅を含め様々な生活様式を見直す時期にきているのではないかと思います。もう一度原点に立ち返って、本当に必要なものはなにかを考えてみとことが必要ではないかと思います。

2015年に向けて

あけましておめでとうございます。


 
昨年末自宅近くの山から日の出を見ました。
久しぶりに見た美しい光景でした。

とても感動しました。でも、この美しい光景は晴れていれば毎日繰り返されている光景であり、見ようと思えばいつでも見る事のできる光景です。

自分の身の周りにはこの日の出のようにたくさんのお宝が眠っていて、それを見逃してしまっているのかもしれません。今年はそんな身の回りのお宝に目を向けられるような一年にしたいと思っています。


飛び飛びの不定期なブログではありますが、本年もよろしくお願いいたします。

人間の本能 4 最後は本能によって本物に戻っていく

人間の本能 3 過剰になっている抗菌化 の続き<<

最後は本能によって本物に戻っていく

その一つが木材などの自然素材の活用だと思っています。木材や土などの多孔質な空間は臭いを吸収するとともに、細菌の繁殖源となる水分も吸収してくれますし、木材に含まれる様々な成分が細菌の増殖を緩やかに抑えてくれます。

身近なところではカマボコ板があります。腐りやすい魚類の練り製品であるかまぼこに抗菌性があり調湿効果のあるモミの木の板を使用し、かまぼこを菌から守るとともに魚の匂いなどを抑える効果があり、自然素材をうまく活用した事例ではないかと思います。

また、木材に含まれている抗菌成分は抗菌剤などと異なり種々の成分が緩やかに細菌の繁殖を防いでくれます。木材や自然素材は様々な形で私たちの暮らしに利用されてきました。

現在厚生労働省や農林水産省などでは昔から利用されてきた薬草の効果に着目し、薬草の利用を再び促進する活動をはじています。医療費が膨大し国家予算をも圧迫している現在、薬草の持つ緩やかな効能が再び着目されるようになってきています。

そして、住宅においても一時の人工的なクロスやボートを主体とした家から再び自然素材の家が着目されるようになってきています。

やはり人間自身、なにが本当にいいのかを感じる力を持っていて、最後は本物に戻っていくんだなということを感じています。日々の暮らしが人間の生息基盤であった自然からかけ離れていく中で、生活の基盤となる住宅だけでも自然素材をとりいれることによって人間が本来持っている本能的な能力を活かすとこができるのではないかと私は思っています。

そして、世の中には色々な情報がで回っていますが本当に自分にとって必要なものは数値や宣伝文句などでは無く、自分自身で感じるということだと思います。

私たちは必ず本能的になにが必要なのかを感じる能力を持っているはずです。みなさんも、なにか今日は油っこいものを食べたくないとか無性に特定の食べ物が食べたくなることがあるのではないかと思います。大切なことは自分の本能が知っているはずですし、その本能を失わないような暮らしを続けていくことが重要なのではないかと思っています。

生活用式が大きく変化していくなかで、多くの時間を過ごす家という空間に自然素材を利用するということは、私たち人間が長い歴史の中で自然と係りながらいきてきたDNAであり、人間が本来生きていくなかで最も大切な本能的な能力を最大限に引き出してくれる環境ではないかと思っています。

人間の本能 3 過剰になっている抗菌化

人間の本能 2 人間にも体にいい植物を見分ける能力がある の続き<<

過剰になっている抗菌化

話しはまたそれましたが、もう一つの問題点として抗菌剤があります。今私たちの周りには様々な形で抗菌製品があふれています。私は以前の仕事で殺虫剤の試験を行っていましたが、ゴキブリの抵抗性を高めるのには、半分程度のゴキブリが死ぬ程度の濃度でゴキブリを飼育するか、死なない程度の薄い殺虫剤の基でゴキブリを飼育するなどの方法でゴキブリの殺虫剤に対する抵抗性を高めることができます。

現在、抗菌剤をはじめ除菌機能のある洗剤やせっけんなど様々な製品があふれています。日々このような化学物質と接する中で細菌の耐性が高まってくる可能性も想定されます。

大腸菌などの細菌は 30分という短い時間で次の世代へと分裂していきます。そのため抵抗性も非常に速い速度で得とくしていく可能性があります。これに対して、抗生物質などの開発には 10年を超える長い年月が必要となります。

更に、細菌だからといって私たち人間にとって悪い菌ばかりではありません。私たちの体には特に人間に対して悪いことをしない菌がいるばかりでは無く、腸内細菌のように私たちを助けてくれている菌もいます。

過度な殺菌はこのように体に悪さをしない菌も減らしてしまい、細菌のバランスが崩れてかえって体にとって悪い菌を増やしてしまう可能性もあります。私たち人間も細菌も同じ生き物です。細菌を抑える成分が私たち人間の細胞を傷つけてしまっている可能性もあります。

24時間様々な形で私たちはこのような抗菌剤と接しています。抗菌剤が蔓延するようになったのは、つい最近のことです。これからこのような製品が私たち人間に対してどのような影響がでてくるのかはまだまだはっきりしない部分が多いのではないかと思います。でも、やはり菌は怖いし臭いは嫌だと思う人は多いと思います。しかし、私たち人間は抗菌剤や消臭剤などではなく昔から自然の力を利用してうまくこれらの細菌や臭いを抑える暮らしをしてきました。

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人間の本能 4  最後は本能によって本物に戻っていく

人間の本能 2 人間にも体にいい植物を見分ける能力がある

人間の本能 1 自分の身をまもり生き抜くための本能 の続き<<

人間にも体にいい植物を見分ける能力がある

そして、私たち人間にも数々の本能的な能力が備わっているのではないかと思っています。そして、その一つが薬草のように体にいい植物を見分けることができる能力ではないかと思います。

話しは少しそれるかも知れませんが、人間の本能であり強い欲望と性欲があります。薬草の本を読んでいると効能のいたるところに強精という言葉がでてきます。現在でもバイアグラなどの薬が話題になるように男の本能、そしてその本能を高めるために男は努力してきたんだなということを感じます。

私の専門は自然環境ですが、この分野についても非常に興味があり、専門の雑誌やAではじまりVで終わるビテオなどで日々熱心に勉強を続けていますが、研究成果が生かされることは今のところありません。薬草の本を読んでいると薬草にまつわる面白い文章もたくさんでてきます。

私は現在52歳ですが、俳人で知られる小林一茶はナルコユリという植物の根茎、生薬名「黄精」を愛用し52歳から65歳で亡くなるまでの間に3人の妻を迎え5人の子をもうけたといわれています。実はこのナルコユリ私の家の周りにも比較的たくさんあります。これも一茶先生のお導きだと思って、私もこれからの人生を一茶先生を目指して頑張りたいものです。

またここ静岡県にはおもしろい民話が伝わっています。みなさんも良く知っているかぐや姫の伝説ですが、竹の表面に付いている白い粉には精力増強の効果があると言われています。富士山周辺に伝わるかぐや姫伝説はみなさんの知っているかぐや姫伝説とは違い、竹の粉を舐めたおじいさんが突然元気になっておばあさんと交わり子供ができてしまったというものです。

いい年をしてはずかしいので竹から子供が生まれた子という話しにしたというお話です。スタジオジブリのかぐや姫も、この話しを基に作成した方がもっとヒットしたのではないかと思っています。さらに、同じような話しである桃太郎も、もしかしたらおじいさんがなにかのはずみに元気になってしまったのかもしれないと考えてしまいます。

これからモミの木で暮らすおじいさんがモミの木の効能で突然元気になってしまい、子供ができてしまうかもしれません。その時おじいさんはきっと近所の人たちにこう話すのではないでしょうか。山を歩いていたらモミの木が光っていたので、モミの木を切ったらこの子がでてきたんだ。この子はモミの木の授かりものだと、モミから生まれたモミ太郎伝説が新たに生まれるかもしれません。

話しは大きくずれてしまいましたが、ここからが本題です。これまで、私たち人間はなんらかの形で自然と係りながら生きてきました。しかし、人々の長い歴史からみるとほんの僅かな期間であるここ数十年のあいだに人々は大きくその暮らしを変えてしまいました。

コンクリートで囲まれた無機質な空間で過ごし、携帯やパソコンを眺める日々。子供のころから携帯にテレビゲーム。紫外線はダメだと太陽を避け、外はあぶない、知らない人とは話してはいけないとドンドンと私たちは生活空間を狭め、狭い画面の中に広がる世界で生きる時間が増えているような気がします。

更に、日常生活の中では多くの化学物質があふれています。その中でも特に私が問題だと感じているのは芳香剤と抗菌剤です。清潔を求める暮らしの中で過度に使用されるこれらの物質においては一部健康被害の報告もされるようになってきています。

臭いは人間の五感の中では視覚や聴覚などと比較するとやや軽視されているような気がしますが、私たちの生命を守るうえで非常に重要な感覚器官です。昔から人々は食べ物の安全性を知るのに臭いを嗅いで確認してきました。臭いの刺激は直接脳の中枢である海馬に送られ、人はそこで安全性などについて判断してきました。山の中を歩いていると獣臭などによって危険を感じることがあります。ガスの臭いもそうですし、自分の体臭や便の臭いによって健康状況を判断することもできます。

しかし、部屋や衣服の芳香材のように常に刺激的な臭いが周囲に存在することに、人間の大切なこれらの感覚が失われていくばかりでなく、脳の中枢に働きかけるこれらの臭いが人々の精神状態にも影響を及ぼしているような気がします。

私のように外見はさわやかな人間でもおやじ臭はあります。しかし、この親父臭の一つの効果として、娘などとの近親交配を避けるための効果があるのではないかと言われてします。私も例外にもれず娘からうっとうしがられていますが、これもしかたのないことだと自分にいい聞かせています。

しかし、近親交配とはならない妻からもうっとおしがられたり、臭いから向こうにいってと言われます。まだまだ世の中には科学では解明できないことは多いようです。

話しはまたそれましたが、もう一つの問題点として抗菌剤があります。

この続き「人間の本能 3」
過剰になっている抗菌化

人間の本能 1 自分の身をまもり生き抜くための本能

自分の身をまもり生き抜くための本能

私は仕事で自然環境を調べる仕事をしています。環境アセスメントに関連した自然環境調査、森林の状況や希少生物の生息状況などを調べる仕事です。このため、年中山の中にこもって動物や植物の観察をしています。

毎日のように山の中にいると、なんとなくですが人間が本来もっていた本能のような感覚がよみがえってくるような気がします。ここにはこんな生き物がいそうだとか、このあたりはなにか危ないような気がするということを感じることがあります。もしかしたらこれは本能では無く経験的なものかもしれませんが、人間や動物などには自分の身をまもり生き抜くための本能が必ず備わっているのではないかと思っています。

私は最近薬草に興味を持っています。薬草に関する本を読んでいると、植物の根の部分はお腹のこのような症状に良いとか、葉や実はこうして使うといいなど、細かく効能が記されています。そして驚くべきことですが、これらの効能の多くは科学の発展した現在、科学的に証明され現在私たちが使用している多くの医薬品に応用されているということです。

今のように化学的な分析や知識も無く、臨床データなどもない時代にどのようにしてこのようなことを知ることができたのでしょうか。もちろん経験的に積み上げていったものもあるとは思いますが、私個人としては経験値だけでは何千種類もある植物の中からこのように詳細な解明を行うのは困難だったのではないかと考えています。

一部のサルはお腹の調子が悪い時に特定の草を食べることが知られています。また、身近なところではイヌが草を食べるのを見たことがある方も多いと思いますが、イヌは決して肉ばかり食べていたから健康のために青い草を食べなくてはと思って食べている訳では無く、もともと小動物などを襲って食べることが多かったイヌは消化できない小動物の毛などを吐き出すために草を食べていると言われています。

このような行動はほかの多くの動物にも見られます。例えば一部の動物は岩塩を舐めて塩分を補給したり、ササを食べる割合の高いシカは木の樹皮を食べて多孔質な樹皮の空間で特定の腸内細菌を増殖させてササの消化を助けているのではないかと言われています。

更に、オオタカやクマタカといったタカの仲間は、巣の上にモミ、マツ、スギなどの青葉を敷くことが知られています。生の肉を餌とするタカの仲間は巣に直接これらの獲物を持ち込むため、そのままにしておくと獲物に付着していた細菌が増殖して巣の中はあっというまに汚染され、巣から出ることのできない雛たちもこれらの細菌によって病気になってしまいます。タカは本能的に巣に殺菌力の強い青葉を敷くことによって、雛を守っているのです。巣立つとすぐに親と離れてしまうタカの仲間が代々このような行動をとり続けるのは本能以外のなにものでもないと思っています。

「人間にも体にいい植物を見分ける能力がある」

自己紹介

私は自分でいうのもなんですが、いたってまじめで普通な人間です。でも。みんなは私のことを変わった人間だとか、おかしいやつだと言います。でも私は思っています、私がへんなのではなく周りがへんなのだと。

こんな私ですが、自然や環境のことにはとても興味があり、身の周りの自然や環境を調べたりしています。そんな活動のなかでこれはすごいと思う事や、これはどうしてもほかの人に伝えたいと思う事がたくさんあります。反対に環境や政治など、これはおかしいと思うこともたくさんあります。いたってまともな私が変だと思うことはきっと変なのではないか、私はそう思うとみなさんに情報を発信してみたくなりました。

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